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報道関係者招へい




 
 報道関係者招へいは、日本大使館がオブセルバトゥー新聞社のイルブド編集長を、平成22年7月8日から16日まで日本に招へいし、我が国の外交、政治、経済、社会、文化等につき、取材をする機会を与えることにより、訪日体験に基づいた報道を通じてブルキナファソ国民の対日親近感を醸成し、正しい対日理解を増進するとともに、我が国外交政策の実現可能性を高め、また二国間関係を深化させることを目的として行ったものです。

 同氏がオブセルバトゥー新聞に掲載した日本関連記事の要約は以下のとおりです。

1.2010年7月26日(月)トップ面及び26-30面

記事内容
日本滞在の全体日程と印象、北嶋絞製作所(金属加工)、朝日新聞、NHK、外務省、JICA(日本のODA)

概要
 日本政府の招待を受け、当紙編集長を含む3人のアフリカ人ジャーナリストが7月8日から16日まで日本を訪問した。飛行機での長旅による疲れや時差があるものの、到着したその日の午後からプログラムを開始した。高層建築が立ち並ぶ東京の巨大さに驚くとともに、日本人の礼儀正しさ、謙虚さ、時間厳守、規律正しさに感銘を受けた。トヨタの受付ロボット、ウオッシュレットトイレ、北嶋絞製作所の社長と社員の分け隔てない姿が印象に残っている。朝日新聞は6000人の従業員、発行部数100万部/日を誇り、NHKも1万1千人が働き、4000人が入るホールも所有していて、規摸の違いに驚いた。JICAでは、日本のODAが縮小されている中、アフリカ向けの援助は増加している旨説明を受けた。発展のための奇跡的な処方箋はなく、国毎の状況に応じた取り組みが大切であるが、人的資源は基本であり、教育に力をいれている。ブルキナファソは、真面目で働き者であり、アフリカの日本人とも呼ばれ、発展の可能性を秘めている。


2.2010年7月27日(火)トップ面及び16-18面

記事内容
広島、ホームビジット、大相撲名古屋場所

概要
 広島平和記念資料館を見学し、当時10歳で被爆した北川教授の話を聞いた。原爆により母と弟を亡くし、60人いた同級生の内生き延びたのは4、5人であった。原爆については本で知ってはいたものの、実際に話を聞き、訪ねるのは、悪寒なしには済まなかった。今年の式典には、アメリカ大統領として初めてオバマ大統領が出席するかが焦点となっている。夕食時には、小出家をホームビジットし、天ぷらや肉じゃが等の日本食や日本酒を振る舞われ、大変楽しい時を過ごした。京都観光をした後、名古屋では相撲を観戦した。近年の外国人力士の増加、力士と暴力団との関係等の問題に直面している。


3.2010年7月28日(水)トップ面及び16-17面


記事内容
三井物産インタビュー、ヤマハバイクのコピー問題

概要
・タンバオ・マンガン鉱山開発プロポーザルに関する三井物産高畑部長へのインタビュー(全文仮訳
・新幹線に乗って東京から浜松へ行き、普通列車に乗り換え、ヤマハの工場がある磐田という小さな町に着いた。ヤマハはブルキナファソで模造バイクの問題に悩まされており、海外市場開拓事業部の上口マネージャーは、ワガドゥグの出張から戻ったところであった。コピー被害はアフリカ大陸の他の国でも見られるもののブルキナファソの状況は特別であり、対策に頭を痛めている。本物と偽物の見分けはほとんどつかない程であり、ブルキナファソとフランスの弁護士の助言を受け、法的措置に訴え、商務省、外務省や首相府にも正式な書簡を出しているが、効果がない。コピー商品の問題は、知的所有権侵害にとどまらず、使用者の安全、ブルキナファソ政府の税収減にも影響を与えている。


4.2010年7月29日(木)トップ面及び20面

記事内容
パセバ=ウエドラオゴのインタビュー記事

概要
 ウエドラオゴは、ブルキナファソ出身の37歳の男性であり、日本で暮らして15年程になる。大使であった叔父に付き添い、北京、東京の大使館での勤務を経験し、叔父が自国に戻った後も、日本にとどまり、2002年以来在京モーリタニア大使の料理人を務めている。料理の腕は、幼少の頃から叔母を見て育ち、今はモーリタニア料理のレシピも身につけた。妻と子どもはワガドゥグに住んでおり、費用はかかるものの毎年家族に会いに帰るように努めている。日本には、大使館員を除くと20人程のブルキナファソ人が住んでおり、15名程は、元青年海外協力隊員と結婚をしている。自分は、日本語より英語が少し話せる程度であり、物価高もあり、生活は易しくはない。今は国に残した家族に仕送りをし、家を建てること等を考えているが、将来的には祖国に戻るつもりである。


5.2010年7月30日(金)31面


記事内容
東京にあるアフリカレストラン「La calebasse」の紹介

概要
 浜松町のビルの地下に、アフリカの布やひょうたん(calebasse)に飾られたアフリカレストランがある。オクラソースのトー、落花生ソース、ヤッサ等のアフリカ料理に加え、ガーナ、ケニア、南ア等のビールも揃っている。日本人のオーナーのもと、従業員も多国籍であり、ブルキナファソ人であるマチアス=バンセ氏も厨房に立っている。彼は、2年前に、青年海外協力隊であった日本人の恋人を追ってきた。7月15日の夜には、マリ人のコーラ奏者であるママドゥ=ドゥンビアの演奏も行われており、また同氏は2011年2月にはマリのバマコで「グリオフェスティバル」を開催するつもりである。